📋 このページでわかること
- 選手コース入会〜JO出場までの全記録を時系列で読める
- スイミングクラブ移籍の判断基準と体験入学の流れ
- JO標準記録突破まで0.01秒に迫った停滞期と突破の瞬間
- 父親として「やっておけばよかった」と思うこと
- 今、同じ状況にいる保護者が参考にできる判断のポイント
- 対象:スイミング選手コースに通うジュニアとその保護者
- 内容:実体験をもとに、成長・停滞・判断の過程を記録
- 特徴:結果論ではなく「当時の迷い・判断」をそのまま残している
- 位置づけ:support1〜5シリーズの入口ページ(全体まとめ)
幼いころから体力には自信があった長男。水泳に興味を持ち上達するにつれて見えてきた「ジュニアオリンピック」。
3歳でスイミングを始め、幼稚園で選手コースの打診を受け、サッカーとの両立を経て水泳に絞り込み、スイミングクラブを移籍し、JO標準記録にあと0.01秒まで迫りながら何度も跳ね返され——そして小学4年で初出場を果たすまでの記録です。
結果論ではなく、当時の迷いや判断をそのまま残しています。今、同じ局面にいる方の参考になれば。
シリーズ全体の流れ——どの記録から読むか
このページはsupport1〜5の入口です。現在の状況に近い章から読み始めてもらって構いません。
| 章 | 内容 | この章が参考になる人 |
|---|---|---|
| ① | 選手コース入会・サッカーとの両立・最初の違和感 | 選手コースに入ったばかり・複数の習い事で悩んでいる |
| ② | 水泳に絞る決断・スイミングクラブ移籍・体験入学の流れ | 今のクラブで伸びているか不安・移籍を考えている |
| ③ | 移籍後の初試合・ライバルとの切磋琢磨・親の関わり方の整理 | 移籍後の環境に慣れる時期・子供の練習態度が気になる |
| ④ | JO標準記録が見えてからの停滞・0.36秒→0.15秒→0.01秒 | 標準記録まであと少し・タイムが止まって焦っている |
| ⑤ | 0.01秒からの突破・JO出場・辰巳国際水泳場での初舞台 | JO出場後の次の目標・全国大会の雰囲気を知りたい |
①選手コース入会〜最初の違和感(幼稚園〜小学3年)
物心つく前から競争することをテーマに育てていました。勝つ喜び・負ける悔しさ・清々堂々と戦う潔さを身につけてほしかった。走ること、洗濯物を畳む競争、お手伝いでの「ありがとう」回数まで、あらゆるもので競いました。
水泳は幼稚園の課外活動がきっかけです。短期体験教室では説明中も一人遊びをしていて、「基本的な顔つけができればいい」程度に思っていたら、終わるころには「習いたい」と言い出しました。
同時期にサッカーも始め、週3日の練習+週末の試合をこなしながら水泳も並行させていました。スイミングのコーチから「選手コースへ」の打診が来たのは、まだ幼稚園児だった頃です。
最低週3日以上の練習が絶対条件の選手コースとサッカーの両立は過酷でした。食事中に睡魔に負けて料理に顔から突っ込む、なんてこともあった時期です。妻の送迎・食事の負担はこの頃が最も大変だったと思います。
▶ 【第①章を読む】選手コースに入った直後・最初の違和感の記録
②水泳に絞る決断・スイミングクラブ移籍(小学3年〜4年)
サッカーで右足首を骨折し、1ヶ月半の練習休止。その間に長男は自分で考えて「水泳を頑張りたいからサッカーを諦める」と言ってきました。完全に本人の判断に任せることを夫婦で話し合って決めていた通りの結論でした。
問題は今のスイミングクラブでは2〜3ヶ月に1度しか試合がなく、「1人の選手のためにエントリーはできない」という方針でA・B級以上の大会に出られないことでした。長男の方から「大きな大会に出てみたい」という気持ちが出てきたため、移籍を決意します。
体験入学の条件は3件とも共通していました。①専門種目とベストタイムを提出、②クラスの判断は受け入れ側が行う、③所属先への許可を先に取る——この3点です。
1件目の体験練習当日、緊張している長男に「ここは一発かましてビビらせて来い!」と声をかけると笑顔になりました。「ビビらせてくるわ〜!」と言って入水した長男は、小学高学年の50秒サークル練習に全てついていき、計測タイムも申告タイムを上回りました。その場で即決でした。
③移籍後の初試合・ライバルとの切磋琢磨・親の関わり方(小学4年)
移籍後の初試合、100m自由型でメダルを手にしたものの同チームのライバルには全て負けていた。「今までの勝ち慣れした状況から、心が折れるのでは」と心配していましたが、本人の競争心に火がついた様子でした。
この時期に父親として決めたことがあります。
「技術的なことは素人が口出しをしない。」
送迎の車中でつい小言を言ってしまった翌日は練習に「キレ」がない。逆に水泳の話を一切しなかった日は、長男の方から練習成果を満足そうに報告してくることがありました。「飽きさせずモチベーションを上げ、適度に厳しいことも言う」——この匙加減が最も難しかった時期です。
④JO標準記録が見えてからの停滞——0.36秒→0.15秒→0.01秒(小学4年)
10歳の標準記録(当時)は50m自由型・長水路30秒41。現在地から1秒以上縮める必要がありました。
日々の練習後、車中で「今日の練習で良かった点・悪かった点・コーチから指摘されたこと」を報告させることを習慣にしました。アウトプットで自分の練習を言語化させる狙いです。調子のいい日はスラスラ出てくるが、身が入らなかった日は適当になる。それでもその日はそのまま過ごしました。
試合ごとにタイムが詰まっていきます。
- 長水路50m自由型 30秒77 あと0.36秒
- 長水路50m自由型 30秒56 あと0.15秒
0.15秒まで迫った試合後、「惜しい」という言葉は使いませんでした。「見えたな」と声をかけると、にっこり笑って「うん」と大きく頷きました。射程圏内です。
⑤0.01秒からの突破・JO初出場・辰巳国際水泳場(小学4年)
日本代表選手も出場する遠征大会で、長水路50m自由型 30秒42 あと0.01秒。
ここまで刻んでしまうとは。しっかりと目標数字を意識しなかった結果でした。ただベストを更新したことは確かです。先ずはベストが出たことを一緒に喜びました。
その後、気を取り直した決勝の舞台。予選でタイムが出ない日、思い切って試合途中に所属クラブの練習に参加させました。いつもの仲間に会えて笑顔が戻った長男が会場に戻り、決勝のコールがかかります。
練習の仲間が数人駆けつけ、応援の声が飛んだ。
長水路50m自由型 決勝 29秒98 ベスト。
ゴールの瞬間、ホラー映画で腰が抜けたような叫び声とでも言いますか「ひゃ〜〜」という声が出ました。体中が震えたと同時に血の気が引いた感覚。まさに「鳥肌が立つ」状態です。コーチも涙を流して喜んでくれました。
春のJO(辰巳国際水泳場)では予選敗退でしたが、短水路50m自由型 29秒39 大ベスト。
長男の方から「JO出場が目的じゃなく、決勝進出を次の目標にする」と言ってきました。ここがゴールではない、ということです。
このシリーズを通じて「やっておけばよかった」と思うこと
長男が選手生活を一時離れ、トレーナーを目指す大学生になった今の視点から、改めて振り返ります。
- 怪我のサインを「身体の問題」としか見ていなかった——肩・腰の痛みが慢性化する前に、食事と睡眠の見直しをもっと早くやるべきでした
- 「声かけの失敗」に気づくのが遅かった——「タイムどうやった」が第一声になっていた時期が長すぎました
- コーチへの先回り相談——子供に無断でコーチに動いた時だけ、信頼関係が崩れました
- 移籍のタイミング——これは正解でした。長女の時に選手コースの誘いを断ったことで道が閉ざされた経験が生きました
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よくある質問
Q. スイミングクラブを移籍する際、何を基準にすればいいですか?
出場できる試合の数とレベルが最初の判断基準です。2〜3ヶ月に1度しか試合がなく、かつA・B級以上の大会にエントリーできないクラブでは、伸び盛りの選手の成長機会が限られます。体験入学では練習についていけるか・タイム計測で実力が出せるかを確認し、子供本人が「ここにしたい」と言えるかどうかを最終判断の基準にしました。
Q. JO標準記録まであと少しの状態で停滞しています。どうすればいいですか?
「惜しい」という言葉を使わず、ベストタイムを更新したことをまず一緒に喜ぶことが先決です。目標数字を明確に意識した練習に切り替え、コーチと連携して試合ごとの改善点を具体化する。気分転換(いつもの仲間との練習参加など)が突破のきっかけになることもあります。
Q. サッカーなど他の競技との両立はいつまで続けるべきですか?
本人が自分で「どちらに絞るか」を判断できるまで待つのが基本です。親が決めるより、怪我や試合結果などの体験を通じて本人が気づく方が、その後の競技への向き合い方が変わります。長男の場合は骨折による休止期間中に自分で判断を下しました。
Q. 父親として練習への関わり方はどうすればいいですか?
技術面はコーチに任せ、生活習慣(食事・睡眠・休養)の管理と気持ちのサポートが父親の領域です。送迎の車中での「今日の練習の報告」を習慣化することで、子供が自分の練習を言語化でき、父親も状態を把握できます。タイムより「泳ぎどうやった?」という問いかけの方が有効でした。








